放課後の教室。開けっ放しにした窓から少し冷たい春の空気が舞い込む。
 教室の後端の窓際にある机に陣取った天然パーマ気味の黒髪の少年は、赤い縁取りの眼鏡越しに、手に持ったゲームカードと机の上に視線を向けた。
 少年の名は、政尾雅人(まさお まさと)。手に持った『ガンダムウォーネグザ』……ガンダムのカードゲームだ。

「悪いけど、次のターンで詰みだ」

 雅人は自信ありげにそう言うと、広げるように手に持っていた手札のカードを閉じた。
 彼の対面、突き合わせた机で向かい合うように座ったもう一人の少年――関ヶ原健太(せきがはら けんた)は、その言葉を聞いて整った顔のその眉間に、小さなシワをつくった。

「まだわかんねーだろ?魔性の支配力で奪ったキュリオスも出撃させて、シャイニングガンダムのゲインが3以上なら……」

 健太は机の上、手元にあったカード数枚をで次々に雅人側に動かす。その動きに合わせて、耳にかかるくらいの彼の茶髪が揺れる。
 自分の机との境界まで出されたそのカードを見て、雅人は頷き、手に握っていたカードを1枚表にした。

「超兵の力だよ」
「くっそーダメかぁ」

 雅人の出したカードによって健太は諦め、負けを認める。
 「まぁ、超兵を温存してるかな、とは思ったんだけどよ」と椅子の背もたれに寄り掛かる。
 雅人も「攻撃力じゃ敵わないからね」と眼鏡のブリッジをくいと上げた。

「そういや、もう4月も終わるけど」

 健太は広げたカードをまとめながら、そう口を開く。
 窓の外からは、中庭の運動部だろうか、かすかに声が聞こえた。

「来ないな、新入部員。勧誘が弱かったのかね」

 まとめたカードを慣らしながら、健太は視線を変えずにそう言った。
 雅人も「そのことか」と言わんばかりに、広げたカードを集める。

 彼らはカードゲーム部に所属していた。が、1つ上の学年に部員はおらず、2つ上の学年の部員もこの春で全員卒業してしまったのだ。
 2年生の春にして部員2人。校舎から少し離れたところにある部室に行くまでもなく、放課後の教室で雑談をしながらカードゲームをする日々だった。

「体育会系じゃないんだから、強引に勧誘しても仕方ないだろ?」

 雅人はそう言いながら、今集めたのとは別のカードを広げ始めた。
 スリーブに入っていないカードの束から、何か新しい発見が無いかとカードを眺め始める。

「そうは言うけどよぉ、新部長。ずっと対戦相手が同じってのも張り合いがないぜ」
「むぅ…」

 確かに健太の言うことも一理あるな、と雅人はカードを握る手を緩めた。

 その時だった。強い風が吹き込み、雅人の手からカードが宙に舞う。
 口を空けてそれを見上げた2人の少年の視界から、2枚のカードが消えた。2枚のカードが、窓枠の向こう――ベランダへと落ちていった。


あたしのガンダムウォーネグザ


 春の風が好きだ。夏のように気怠くなく、冬のように肌を刺さない春の風が好きだ。
 継紫弥穂(つくし みほ)はベランダに横になって空を見上げ、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 敷いたブランケット越しに感じるコンクリートの感触はあまり良いものではないが、無いよりはマシだった。

「なんかいいよね、春って。やる気でてさ」

 目を閉じたままで弥穂は言った。
 彼女の足元に座っていたもう一人の女子、蒼詩明香(あおし はるか)はそんな彼女の方を見て困ったような顔をする。
 風に揺れる黒髪は、彼女の白い肌を際立たせていた。

「放課後に寝てるだけのみほちんがそれ言う?」

 明香はそう言うと、手にしていたスマートホンを操作してカメラのシャッターを切った。
 その音に弥穂は目を開け、半身起き上がり「何?」と彼女を見る。

「ううん。パンツ見えてたから」
「いやいや、撮るなし」

 明香は笑って「シャッターチャンスは逃さないようにしてるの」などと言った。
 弥穂は「撮ってどうすんの」と笑って、両手を枕に、再び仰向けに寝転んだ。
 ハーフアップにした黒茶色の髪の毛、その結び目を右手に感じながら、目を閉じた。

 その時だった。強く風が吹いて、前髪を暴れさせる。
 風が収まると同時に、弥穂は自分の頬に冷たい感触を覚えた。
 目を開くと、7cm×10cm程度の紙、いやゲームカードが2枚。彼女の頬に乗っていた。

「……なに?それ」

 明香も気づいたのか、弥穂が手に取った2枚のカードを覗き込む。
 弥穂は裏返したりしながら「カードみたい」と答える。
 描かれている人型のロボットには見覚えがあった。

「ほら、イザークとディアッカが乗ってたガンダム」

 バスターガンダムとデュエルガンダム。2枚のカードにはそのような名前が書かれていた。
 「ガンダム知らないよ」と苦笑する明香を余所に、弥穂は情報が沢山書き込まれた2枚のカードをしげしげと見ていた。

「知ってるの?ガンダム」

 唐突にかけられた男性の声に、弥穂は顔を上げる。
 窓の向こう、教室から顔を出している2人の少年と目があった。
 知ってる顔だ。クラスメイトの政尾と関ヶ原…だったかな。と弥穂は考えながら起き上がった。

「うん。最近のならね」
「じゃあ俺たちとやらないか?カードゲーム」

 茶髪の少年はそう続けた。横に立つ眼鏡の少年はそれを聞いてぎょっとして目を丸くする。
 弥穂は突然の誘いにぽかんとして「カードゲーム……?」とオウム返し。

「そう、『ガンダムウォーネグザ』さ」

 茶髪はそう言うと、机に置いてあった自分のデッキを右手にそう言った。
 あまりに唐突な誘い方に明香は半ば呆れて、「みほちん、わけからんないから関わらない方向で」とささやく。
 弥穂の耳には届いているのかいないのか、彼女はへへっと笑う。

「よぅし、やったろうじゃない!」


×××


「なんであんなの誘うんだよ」

 教室の前方にあるベランダに続く掃出し窓から教室内に入ってくる2人の女子を見ながら、雅人は小さくため息をついて相方を見る。
 健太の人懐っこさや外交的なところは彼の強みだ。と雅人は常々思っているが、同時に彼の軽さを理解し難い時もあった。

「いいじゃん、人数多い方が。それに……女子が興味持ってくれてるんだぜ?」

 真顔でそう言う健太に、雅人は「下心かよ」と彼の肩を軽く叩く。

 思春期の男子としてそれは普通の感覚なのだろう、と雅人は眼鏡のブリッジに指をかける。
 彼とて、視界の中で大きくなっていく同級生の女子に、”そういう”気持ちが無いわけではない。
 しかし、雅人という男はそういう気持ちと趣味のゲームに『線引き』をしたいとも考えている少年であった。

 そんな男子たちの元に歩み寄る女子2人。

「みほちん、本当にカードゲームやるの?カードで対戦とかするやつだよ?」

 弥穂のその後ろをしぶしぶついていく明香は、小声でそう言った。
 政尾雅人はともかく、クラスメイトの男子の中で関ヶ原健太は見た目も悪くないし、良い奴である。
 しかし、所属してる部がカードゲーム部である。1日中紙をもって机に向かってられる連中だ。付き合っていられない。
 というのが彼女の心境だった。

「うん。面白そうじゃん。春はやる気!」

 弥穂はう言うと、わざとらしく握った拳を視線の高さに挙げた。
 チャレンジ精神に火が付いた弥穂は止まらない。
 明香が1年一緒にいて得た教訓だ。このうなると、黙って見てるか、さもなくば…。
 男子2人を前にして明香は、黒い髪を翻して軽く頭を下げた。

「私、習い事があるから帰るね」

 小さく愛想笑いして手を振ると、明香は「清楚な同級生」をさらっと演じて教室を出た。

 弥穂は彼女の行動の速さにきょとんとして、一拍遅れて「習い事なんかやってないだろ!」と脳内で突っ込みを入れる。
 それでも、もとより明香にカードゲームを強いろうなどとは考えていない彼女は、男子2人に向き合った。

「あたしは、筑紫弥穂。よろしく」

 クラスメイトだが改めて名乗り、男子2人が向か合わせた机の隣の机を「そこ、いい?」と指差した。

「いいよ。俺は関ヶ原健太」

 健太は自己紹介で返して、指された机の椅子を引く。
 弥穂は「ありがと」と口にして、雅人の方を見る。

「えーと、政尾くんでいいんだっけ?」
「政尾雅人。言っておくけど、覚えるルール多いから生半可な気持ちじゃはじめないほうがいいよ?」

 雅人はトゲのある口調でそう返し、健太は「ちょっと、まさ…」と狼狽する。
 しかし、弥穂は口元に笑みを浮かべ挑戦的に見つめ返す。

「やりがいのあるゲームってことでしょ?さっそく教えてもらおっかな。ガンダムウォーネグザ!」

 

◇1枚目 IGNITION NEXT ATAGUN

 

つづく


 ※この物語は架空のものであり、実在の人物・団体・地名等とは一切関係ありません。

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書き下ろし
掲載日:12.04.04


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