◇12枚目 無力化の嵐
「ゲイン起動、本国の上はGガングラフィック!」
健太は、相手の場にある1枚のユニット――シナンジュのカードを見ながらそう宣言する。
戦力を追加することなく繰り出した彼の攻撃は、雅人の本国を14枚捨て山へと送った。
「ターン終了だぜ」
「僕のターン」
ざっと計算しただけでも30枚以上はある相手の本国に対し、この2ターンの攻撃で10数枚まで減った自分の本国。健太との勝負ではよくあること、だ。
雅人はカードを引いて、配備フェイズを宣言した。
「シナンジュにマリーダ・クルスをセット」
マリーダ・クルスはサイコミュでダメージを与えているユニットをロールするNTキャラ。
テキスト的にはシナンジュとなんらシナジーは無いが、地で速攻・強襲を持っているこのユニットに戦闘修正を持ったキャラをセットすること自体に意味があった。
「攻撃ステップ規定で、シナンジュを宇宙に出撃だ」
「ガード起動、7ダメージ受けるぜ」
「ターン終了だよ」
カードを引く健太。本国枚数も攻撃力も雅人を上回っている現状、カードを引く気持ちは軽い。
隣に座って壱樹と対戦している弥穂は何やら小さな悲鳴をあげながらプレイしている。ちらと見ると、場にはビグ・ザム。
「……ん?」
ふと気が付いて、健太は本国のカードに手をかけたまま目をぱちぱちとして、視線を自分の対戦卓――雅人の本国の方へと戻す。
「雅人の本国、今何枚だ?」
その問いに、雅人は自分の本国を手早く数えてみせる。
「13枚だよ」という返事を聞いて、健太は確信する。
シャイニングガンダムとドラゴンガンダム、ゲインが2でも当たれば自分の本国を0にしかねないユニット2枚を前にして、それでも雅人は攻撃してきた。つまり。
「”持ってる”ってワケか」
健太はへへっと笑って相手の手に握られた2枚のカードを見る。
対する雅人は、隠すこともなく「気付くのが遅いくらいだ」と口角を上げる。
彼からすれば、”そういうコマンド”があることを感づかれても、攻撃に出る局面であった。
「ドロー!っし、配備フェイズ」
健太は手札を軽くシャッフルすると、そう告げた。
「ドラゴンガンダムにオペレーションカード・悪魔のガンダムをセット」
チボデー・クロケットの破壊無効テキストをオペレーションにしたような効果を持つカードだ。
効果のタイミングは――自軍ダメージ判定ステップ限定の――チボデーより広い戦闘フェイズ。回数もコストが支払える限り無制限だ。
「これでどうだ!シャイニングガンダムを地球、ドラゴンガンダムを宇宙に出撃させるぜ!」
それぞれ破壊無効を持つ2枚のユニットを手に、健太はそう宣言する。
「お前のユニットの本質は変わってない。ということは、僕のやることも変わらない……世間知らずをプレイ!」
「知ってた!」
「ドラゴンガンダムをロールして、シナンジュをリロール!」
ロールの対象はドラゴンガンダムか、と健太は内心疑問を持つが、防御出撃を了承する。
シャイニングガンダムとシナンジュ、互いにキャラクターをセットした互いの主力ユニットが交戦状態に入る。
「いいのか?こっちはゲインが3以上で当たれば、シナンジュは一方的に取れるんだぜ?」
「それくらい乗り切れないシナンジュじゃない」
健太の言葉に強気で返す雅人。
グラフィックや魔性の支配力、マスターガンダム……ゲインレベルが3以上のカードは相当数見えた後だったが、ここで当たらない保障にはならない。
だが、この先のゲーム展開を考えると、ここでシャイニングガンダムを一度撃破する必要があった。たとえセットされているキャラがチボデー・クロケットだとしても。
「ゲイン!」
表になったのは、チコ・ロドリゲスのカードだ。ゲインレベルは1。
上がりきらなかったシャイニングの防御力7にシナンジュの速攻8ダメージが入り、シャイニングガンダムはダメージ応酬で敗北する。
「撃破だ」
ひときは強くそう言い放つ雅人。
健太は配備エリアにあるリロール状態のGカード2枚を手に取る。
この攻撃では、雅人のユニットにも本国にもダメージを与えることはできなかった。それでもこの本国差、ユニットが倒れない限り、攻め続けられる限り、彼はまだまだ有利だ。
「チボデーの効果でシャイニングの破壊無効……」
「それを無効だ!」
「!?」
チボデー・クロケットのテキストにカットインされる赤いコマンド。雅人の1枚残った手札は、感情の暴走。テキストのプレイを無効にするコマンドだ。
無効になった効果はコストを払えば再度宣言できるが、破壊無効に限っては(破壊に伴う)廃棄にカットインして破壊を無効にするため、このタイミングを逸することは無力化されたも同然であった。
すなわち、シャイニングガンダムの廃棄は決定的。健太は主力ユニットを失った。
「くっ…使うじゃねーか、新カード」
ターン終了を告げ、そんなことを言う健太。
「これは発売前から公開されてたカード」と雅人はさらりと言い返して、ターンを開始する。
「ビットもそうだけど、破壊無効の無効……茶に効くのか試してみる価値はあるだろ。配備フェイズ」
雅人は引いたカードを感慨もなくプレイした。これも発売前から公開されていた2弾の新カードであった。
キュベレイMk-II(プル機)……自軍サイコミュを、交戦することなく使用することができるように変更するテキストを持ったサイコミュ・ユニットだ。
雅人の場には既にNT、マリーダ・クルスがあるためサイコミュの起動条件をクリアしており、ここにきてマリーダ・クルスの効果もその価値を発揮することとなった。
「攻撃ステップ規定で、シナンジュを宇宙に出撃だ」
「ガード起動、7ダメージ受けるぜ」
「帰還してターン終了」
たった1ターンで場はかなりマズい状況になった、と健太はカードを引く。
キュベレイMk-II(プル機)のサイコミュは非交戦のドラゴンガンダムに打ち込むことが可能で、当たればマリーダ・クルスでロール。
いくら破壊無効ができても、ロールされては戦力とは呼べない。
「ドロー……ターン終了だ」
引いたカードをちらと見るが、状況を打開出来はしない。
次のターンの攻撃でも、健太の本国は7枚減った。
本国差はほとんどなくなり、場でもすでに圧倒している雅人。しかし彼は内心ではギリギリの勝負だと感じている。
彼の本国は6枚。健太が戦力を追加すれば、攻撃を1回かわせるかどうかの枚数だ。
「俺の本国は……残り10枚」
聞かれてはいないが、自分で数えた枚数を口走りながら健太はそこからカードを引く。
ユニットではない。しかし、それはある意味状況に適したカードであった。
「どうした?魔性の支配力でも引かれるとさすがにこっちは負けるしかないが」
「いいや、タイムリー……お嬢さんだ!」
雅人の言葉に威勢よく返事した健太の手には、ソシエ・ハイム。
リロール効果を内蔵したキャラである。サイコミュを逃れるほどの戦闘修正を持ってはいないが、そこは悪魔のガンダムによる破壊無効が補った。
「……これはっ」
「戦闘フェイズ!」
魔性の支配力を引かれたのと同程度の『詰みの匂い』を感じ取り、雅人は眉間にしわを作る。
「ドラゴンガンダムを地球に出撃させるぜ!」
「防御ステップ規定前、キュベレイMk-IIの効果で自身のサイコミュ対象部分を変更し、使う」
キャラがセットされてもドラゴンガンダムの防御力は3。呆気なく破壊はされる。
健太の脳裏には一瞬、先ほどのチボデー・クロケットと感情の暴走のカットがよぎるが、この局面では迷いなどはなかった。
「悪魔のガンダムで破壊を無効にしたい」
「カットインでマリーダの効果でサイコミュ・ダメージを受けているそいつをロールだ」
「了解。ロールして破壊を無効。そして、ソシエでリロールだ!」
互いにロールコストを3使用し、地球エリアには何事もなかったかのようにドラゴンガンダムが立っている。その攻撃力は6。雅人の本国を一気に1枚にする事ができる値だ。
「防御規定でキュベレイMk-IIが出撃」
「ダメージ判定ステップまでいいか?」
「いいぞ。速攻でキュベレイMk-IIは破壊され、強襲3ダメージは受ける」
雅人は潔く宣言する。
1枚残った手札はビットのカードであった。
「僕のターンだ」
「……ああ」
健太の勝ちが決まったわけではなかった。
このターンに雅人の攻撃が1点でも増えるようなことがあれば、Gのガード効果しか残っていない健太は負けだ。
戦力が追加されず、シナンジュが残り3枚の本国の防衛に回ることを祈るしかない。
「配備フェイズだ!」
×××
「お邪魔しましたー」
壱樹に頭を下げ政尾家の玄関を出た弥穂は、ブレザーをきっちりと着て大げさに肩を震わせた。
「昼間は暑いのに、どうして日が落ちるとこんなに寒いのかなぁ……」
昼休みにベランダで弁当をつついていた時からは想像できない寒さだ。
「季節の変わり目なのかな」
健太はそう言いながら、スニーカーでとんとんと玄関のタイル張りを蹴った。
その後ろにはYシャツに上着を着た姿の雅人が続き、玄関の扉を閉めた。
健太は弥穂と家が反対方向だったため、帰り道は雅人が送っていくことになっていた。
「そういえばどっちが勝ったの?そっちの対戦」
対戦後は壱樹に構築を見てもらうだけに終始してしまったため隣の対戦の結末を見ていなかった、と弥穂は振り返った。
「俺俺」と健太が小さく手を上げる。得意気、というよりは控え目、例えるなら「今回は俺が勝ったが、もう1度やったらどうなるかわからん」という風だった。
長い間対戦している身内のような相手だと、勝敗をひとつの客観的な結果として受け止められるのだろうか、と弥穂は彼らを見て思った。自分は未だひとつの対戦中で一喜一憂の大騒ぎである。
「危険な男で押し込まれなければあと1ターンは持ちこたえたんだが」
雅人は眼鏡のブリッジをくいと上げた。。
そうは言っても、残りの本国にユニットは無かったことも確認済みであり、ユニークで強引に攻められなくとも、シナンジュ撃破後1ターンで負けていたことは確実であったが。
雅人や健太は弥穂が思うほど達観してはいないし、嬉しい、悔しい、気持ちもあったが、それでも「身内フリープレイの勝敗で大騒ぎはしないよ」と言えるほど、お互いに対戦していた。
「そっか。あたしは負けちゃったよ」
半笑いで肩をすくめる弥穂に、ふたりは示し合わせるでもなく「うん、知ってた」と声を重ねる。
あれだけ「ぎゃー」だの「あー」だの悲鳴を上げていて勝ったとは誰も思うまい。
「じゃ、俺はこっちだから」
政尾家の門まで歩いた3人。
健太は押していた自転車を止めると、そう言ってサドルにまたがる。
「じゃ、また来週」
「また来週ー」
互いに手を振る、弥穂と健太。
自転車をこぎだした健太の姿はあっという間に暗闇に消え、彼の自転車に付けられたライトの灯りだけが力強く道の向こうに流れていった。
つづく
※この物語は架空のものであり、実在の人物・団体・地名等とは一切関係ありません。
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書き下ろし
掲載日:12.06.15
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