「……なるほど」
弥穂はルールブックを片手に、机の上に並べたカードを見る。
「UNIT」「CHARACTER」「COMMAND」「OPERATION」「Graphic」……それぞれ、左上にカードの種類が書かれており、右上にはそのカードをプレイするために必要なコストが表記されていた。
それらカードの役割の違いや、プレイのタイミング、ゲームの進行をさらっと解説した健太は、スリーブの付いていないカード50枚の束を取り出した。
「あとは実際にやりながら覚えたほうが早いぜ」
健太は、解説のために広げていたカードを集め、弥穂に50枚の束…デッキを手渡す。
ガンダムウォーネグザでは、ゲームカード50枚で1デッキを作る。「同一名称のカードは3枚まで」というルールを除けば、構成は自由だ。
「あげるよ。高いカード1枚も入ってないけど、入門用にはなると思う」
「まじ?ありがと、健太君」
「健太でいいよ。さて…」
健太はそう言いながら、弥穂の向かい側に座る。
そんな2人のやり取りを見ながら、雅人は難しい顔をする。
ルールを真剣に聞く弥穂の横顔は思ったよりも真摯だったが、だからと言って彼女とこの先ガンダムウォーネグザをしようという気にはなれない。
「その対戦、僕が相手するよ」
雅人はそう言って健太の肩にぽんと手を置いた。
興味本位で始めようとする彼女を実戦で徹底的に潰せば、非情なゲームだと思って諦めるだろうか、と考えてのことだった。
卑怯だとは思うが、彼は自分が決めた『線引き』には頑なな少年であった。
「なんだよ、急に」
「いや、健太は継柴に教えながらのほうがいいんじゃないか」
雅人がつくった最もらしい理由に健太は「おお、そうだな」と席を立つ。
代わって、雅人が弥穂の向かい側に座りデッキを取り出す。デッキは先ほど健太と戦った青赤デッキだ。
付けられた赤色のスリーブが綺麗だな、と見ていた弥穂の後で、健太は少し慌てたように声を上げる。
「お、おい。そのデッキ使うのかよ」
「もちろん。これが僕のデッキだし」
健太の問いに、澄ました顔で答える雅人。
弥穂に渡したデッキは2人の余剰カードで作った急増品なのは、彼も承知のはずだ。
健太は彼の意図を理解し「大人げねぇ……」と肩を落とした。
「なら、弥穂ちゃんには俺の茶単デッキを……」
「大丈夫」
自分のデッキを出そうと荷物に手を伸ばした健太を弥穂がそう遮る。
健太は、自信ありげに自分を見上げた少女を可愛いなと思った。
「せっかく貰ったんだ、あたしのデッキでやれる」
それを見て雅人は「決まりだ」とシャッフルを始める。
見様見真似で10枚分けのシャッフルを始めながら、弥穂のガンダムウォーが幕を開けた。
◇2枚目 放課後の初対戦
先攻後攻はじゃんけんで決め、勝った雅人が先攻となる。
お互いに本国としたデッキから6枚のカードを引き、手札としたところでゲームが始まる。
「まず、ギラ・ズールを赤Gとしてプレイしてターン終了」
雅人は6枚の手札から手早くそのカードを選び、場に置く。
「よし、あたしのターンね。ドローがあって、配備フェイズ」
弥穂は7枚になった手札から1枚のカードを机の上に出す。
AGEのGサインを持つ、紫色のグラフィックカードだ。
そのまま「ターン終了」と宣言した弥穂に対し、雅人は本国に手をかける。
「ドロー。配備フェイズ、シナンジュを赤Gにして…」
「そんなに強そうなやつをGにしていいの?」
弥穂は、雅人がGとして出したシナンジュを見てそう声を上げる。
強力な戦闘力を持ち金色の箔が押されたそのカードは、まさに弥穂がイメージする「切り札」そのものだったのだ。
「いくら強くても国力が重いし、今の手札の内容だとこのカードがGになるってだけ」
「そっか。それを出すことに執着する必要もないんのね」
「全てのカードがGになる。聞こえはいいけど、Gにする判断が下手な人は勝てないゲームって意味でもあるんだよ」
雅人はしれっとそう言い、ターンの終了を宣言した。
弥穂はカードを引いて、手札に持っていたもう1枚のグラフィックカードを紫Gとして場に出してターンを終了した。
「ドロー。配備フェイズ、フラウ・ボゥを青Gにして、ギラ・ズールをプレイ。効果で1ドロー」
ギラ・ズールはプレイ時にカードを引く効果を持った3国力ユニットであり、手札を減らさないでプレイできるカードであった。
雅人は引いたカードを手札と軽く混ぜ、ターン終了を告げた。
「あたしのターン。ドロー。配備は……」
弥穂は手札のカードを見る。先の2枚でグラフィックカードは無くなった。
ここからが雅人の言う「Gにする判断」が要求される場面だ、と彼女はカードを見比べる。
が、カードに触って数時間の彼女がその判断をできるはずもなく、結局は雅人の真似で、しばらくプレイでき無さそうなカードを選んだ。
「デュエルガンダム(アサルトシュラウド)を白Gにして、3国力と白1ロールでシグーをプレイ」
机に横向きで置いたそのユニットに、健太が「それ、戦闘配備だぜ」と口をはさむ。
振り向く弥穂の口から「その効果なんだっけ」という言葉が出そうだったので、彼は手にしたルールブックの特殊効果のページを開き、彼女の机に置いた。
「最初からリロール状態で出てくる効果ね。おっけー、戦闘フェイズ!」
ルールブックのタイミングチャートをチラりと見ながら、弥穂はシグーのカードを手に取る。
同じ3国力ユニットであるギラ・ズールはカードが引けるが、即座に攻撃できるシグーのほうが好きかな、と少し考えた。
「攻撃ステップ、シグーを出撃」
「ダメージ判定まで何もできない。3ダメージ貰うよ」
「よし!ターン終了」
雅人は赤G2枚とギラ・ズールをリロールさせ、カードを引く。
「アムロ・レイ《ST》を青Gにして、ガンダムキュリオスをプレイ」
今度は雅人のユニットも戦闘配備であり、その戦闘力はギラ・ズールやシグーを遥かに凌駕している。
コストも相応で、赤G2枚と青G1枚をロールし、残りは青G1枚となる。
「攻撃ステップ規定の効果でキュリオスを宇宙に出撃させる」
「ギラ・ズールはシグーとやり合うってワケね。おっけー、5ダメージ受け…」
本国のカードを手に取って、今にも捨て山に移しそうな弥穂を健太が止める。
前のターン、シグーのプレイしかしかなかった弥穂の場にはリロール状態の紫グラフィックが2枚あるのだ。
「待った。こういう時は、このグラフィックGのガードシステムが使えるんだぜ」
「何それ?」
「交戦状態の自軍部隊の部隊戦闘力を+1するか、非交戦状態の敵軍部隊の部隊戦闘力を-1できるんだ」
簡単なマークで書いてあるにもかかわらずややこしい効果だな、と弥穂は口に手を当てる。
つまりは1ダメージを軽減できる効果か、と理解し、弥穂はグラフィックカードをロールした。
「ガード!」
4ダメージが弥穂の本国に通り、雅人はターンを終了する。
場にはギラ・ズールがリロール状態で残っていた。
「ドロー。よーし…ウルフ・エニアクルを紫Gにして。バスターガンダムをプレイ」
弥穂は、横目でルールブックの特殊効果の項を見ながら、白のユニットカードをプレイした。
彼女が一番最初に手に取ったカードの1枚は、PS装甲の効果によって場に戦闘配備した。
「戦闘フェイズ」
弥穂はそう宣言しながら、どう出撃したものか悩む。
バスターガンダムは防御力こそ低いが、代わりに範囲兵器(3)があるためギラ・ズールには負けない。
シグーはギラ・ズールと互角だろうが、相打ちなら上等だとも思った。
「攻撃ステップ。宇宙テリアにバスターガンダム、地球エリアにシグーを出撃!」
「じゃあ僕は、防御ステップにギラ・ズールでバスターガンダム側を防御する」
雅人は手早く確認を行うと、自分のユニットを移動させた。
考えていたのとは違う相手の動きに弥穂は若干戸惑いながら、ダメージ判定ステップを告げる。
「範囲兵器(3)だからギラ・ズールを破壊できるよね」
確認を取るように振り返る弥穂に、健太は「出来るぜ」と答えながらも、なぜ雅人がバスターガンダムを防御したのか感づいた。
「ギラ・ズールに範囲兵器を使うよ」
「範囲兵器は知ってたのか。カットイン、ギラ・ズールにインテンション・オートマチック・システムをプレイ」
残り1枚だった青のGカードをロールしてプレイされたそのコマンドに見入る弥穂。
単純な戦闘修正コマンドだが、計算を狂わせるには十分な値だった。
「これでギラ・ズールの格闘、防御は共に6となり、範囲兵器(3)の解決は失敗する」
「カットインって、こういうことかぁ」
弥穂はぽかんと口を空けた。
ルールブックを流し読んだだけではわからない、実際のやり取りがそこにあった。
バスターガンダムは一方的に撃破され、シグーの攻撃3ダメージだけが雅人の本国に通る。
「ターン終了」
「ドロー。配備フェイズ、グレミー・トトを赤Gにして、キュリオスにバナージ・リンクスをセット」
戦闘力の高いセットグループを完成させ、戦闘フェイズを告げる雅人。
「ダメージ前に、ガードして1ダメージ軽減」
弥穂が本国にダメージを受けるのを見て、ガンダムキュリオスを配備エリアに戻す雅人。
一瞬思案するような表情を見せた後、「はっきり言っていいかな」と口を開いた。
てっきりターンを終了するものだと思っていた弥穂はきょとんとして何かと聞き返す。
「僕は君が気に入らない」
「おい、まさ……」
あまりにさらっと言ったため、健太は聞き逃しそうになりながら信じられないと言う顔で彼を見る。
対する弥穂は一拍開けて「あー」と眉を上げた。
「だからあたしをボッコボコにして、カードゲーム入門を阻止しようとしたんだ?」
無愛想な態度や、急に対戦しようと言ってきたのもそのせいか、と弥穂は妙に納得する。
雅人は「そんなとこだね」と認める。
理由はともかく、興味本位で首を突っ込んでほしくない、ということが伝わったことに安堵すらしていた。
「なら逆に……」
さらりと認められ、弥穂は少し不機嫌そうな顔をするが、それでも言葉を続ける。
彼女の中の挑戦心は未だ燃えていた。
「逆に、あたしが勝って、雅人君に認めさせればいいわけだ」
得意気にそう言う彼女に、「なんでそうなるっ?」と雅人と健太の声が重なる。
勝てば認めるなどと言った覚えはないし、そもそも、カードを手に取って数時間で「勝って認めさせよう」という自信はどこから来るのか。
しかし、これは雅人にとっては好機であった。負ければやめると宣言したに等しいのだから。
「さ、続けるわよ。あたしのターン!」
弥穂はカードを引き、手札に加える。
ガンダムAGE-1タイタスをGカードとして配備し、5G目。
「ガンダムスパローをプレイ!」
弥穂が初手に見つけた時点から、5ターン目にプレイしようと考えていたカードだ。
戦闘配備と速攻、ゲインに改装という特殊効果しかテキストを持たないが、それ故シンプルで使いやすいユニットだ。
弥穂は、初心者ながらこの1枚に勝算を見ていた。
「カットイン、スパローのプレイを無能な士官で無効にし、手札に戻す」
「げっ!なにそれ」
攻撃に移る気満々だった弥穂は手からスパローのカードを落とす。
健太が後ろから「俗に言うカウンターカードでってやつだ」と補足したのが聞こえる。
「手札に戻ったけど…Gが足りなくなったからこのターンはもうプレイできない」
仕方なく弥穂は戦闘フェイズを告げる。
シグーを防御に残しても、キュリオス相手では無駄死となるため、彼女は潔く攻撃に出撃させる。
雅人のギラ・ズールと相打ちとなり、弥穂の場にはGカード以外のカードが無くなった。
「ターン終了」
これでスパローとキュリオスでの互角の勝負かな。などと弥穂は内心そんなことを思った。
対する雅人は、カードを引くなり、比類なき力を6枚目のGカードとしてプレイした。
「シナンジュをプレイ!」
「さっきの…?」
序盤にGとして見えていたから、そのカードは弥穂も既に知っていた。
最初から2枚持っていたのか、後から引いたのかはわからないが、今度は本来の姿であるユニットとして、シナンジュは弥穂の前に立ちはだかった。
「そっちの本国を聞かせてくれ」
雅人は容赦なく2枚のユニットを手に取った。
つづく
※この物語は架空のものであり、実在の人物・団体・地名等とは一切関係ありません。
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書き下ろし
掲載日:12.04.11
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